就職がうまくいかないと、自分の価値が否定された気がする

仕事

「働きがいのある会社に就職したい!大きな権限を任される仕事がしたい!」と、熱い思いを胸に秘めて就職活動を始めました。

ちょうど就職氷河期と言われた時期でしたので、何社も何社も落とされるうちに自信を喪失していきました。

いつしか熱い思いも冷え切ってしまい、「どこでもいいから私を雇って!わがまま言いませんから!」と、自分の価値のなさを思い知らされたようでした。

しかし、よくよく考えてみれば、悪いのは時代と世の中であって、価値のない人間なんていないはずなんですよ。

無能、無資格、未経験であったとしても、時代がよければ職にありつけますから。

しかし、そんなことは後から分かったことでして、とにかく毎日就職活動をしても結果の出ない日々を過ごし、将来を描けないモヤモヤした感覚で過ごしていました。

ターミナル駅には背広を着たオヤジ達が、繁華街には颯爽と歩くOL達が目に入ります。

いいな~。この人たちは。就職できて。。うらやましい。。

働いている人をみて卑屈になった気持ちは今も心に残っています。

当時、「勝ち組」「負け組」という言葉がよく使われていまして、私は完全に「負け組」にいました。

「私は負け組」、そう思い込まされていました。

今になって思うのは、人間の勝ち負けなんて会社や仕事で決まるものではないということです。

第一志望の会社にあっさりと内定した知り合いが、これまたあっさりと数年で辞めてしまったり。

少ない切符を手にした「勝ち組」といわれる会社で楽しそうに働いていた知り合いが、心を病んでしまったり。

成功だとか、勝利だとか、そんなものは一瞬の沙汰でしか過ぎません。

オリンピックのメダリストだって、ボクシングのチャンピオンだって、輝けるのは一瞬なんです。

「勝ち組」は「負け組」の上に成り立っているものですから、相対評価ってことになります。

時代が違えば評価も違う。

時代が違えば相手も違う。

今回のオリンピックのメダリストも、今回のボクシングのチャンピオンも、今回だから輝けたってこと。

時代が違えば、メダルが獲れていたか分からない。相手が違えばチャンピオンになれていたか分からない。

まさに時の運ってやつです。

ただ一つ言える事は、ムダなんてものはひとつもないってこと。

メダルが獲れなかったとしても、チャンピオンになれなかったとしても、やってきたことはムダになりません。

「人の価値」は経験や費やした時間で決まると信じていますから。

就職も同じです。

憧れの会社に入れなかったとしても、希望する仕事に就けなかったとしても、あなたの価値が損なわれることはないんです。

時の運に恵まれなかっただけ。

あなたに価値がないとか、あなたは負け組だとか、そう言われている気がしますけれど、そんなものは幻想にすぎません。

今まで生きてきた。それがあなたが価値のある人間だという証です。

この世に生を授かり、今まで生かしてもらえたんです。

「今日も生きてる、なんてラッキーなんだ!バンザーイ!」

と、バカみたいに喜べとはいいませんけど、少しは今の自分を認めてあげてみてください。

すべては時の運次第。

あたなたは生きている、ただそれだけでいい。

最後までお付き合いいただき有難うございます。

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