テレビのないホテルに泊まって思う「テレビを観る意味の変化」

放談

学会で出張に出向きました。

宿泊は、「研修センター」と言う名の安宿です。

ベットメイキングはセルフで、部屋に洗面やトイレはなし。

タオルも歯ブラシもありません。

こういう環境での宿泊は慣れているので驚きませんが、その部屋にはテレビがありませんでした。

なんと、300円でレンタルとのこと。

他にも公衆電話が置いてあったり、セキュリティーがゆるゆるだったりするところが、古きよき時代の造りだなぁ、なんて感銘を受けながら就寝。

テレビがないから、夕食後にスマホで情報をチェックして、資料をチェックして、早めの就寝。

あまりに早く寝たために夜中に目が覚めてしまいましたが、テレビがないだけでこんなにも有意義に過ごせるだなんて。

普段私は帰宅後にテレビをなんとなくダラダラと観るのが習慣になっているので、このテレビのない空間には違和感を感じていました。

でも、「テレビがなければないで、別にいいのかもしれない」って強く感じるきっかけになったことは良かったかもしれません。

なんとなくテレビを観ていた理由は、「情報を得るため」だったのですが、今はネットで十分ですからね。

テレビ離れが進むのも分かります。

新聞の定期購読も数年前に止めてみて、最初はなんだか物足りない気がしていたんですけれど、慣れれば「なければないで、別にいいのかもしれない」って感じているんです。

最近、情報を得る手段はもっぱらネットだったり雑誌だったりします。

テレビは惰性で観ていただけかもなぁ。

「ねぇ、あの番組観た?」なんて会話は、確実に減っているし。

CSチャンネルやら、ネット配信の番組が増えすぎて、同じ番組を観た人を探すのに一苦労するくらいです。

他人と共通の話題が欲しいから観ていたテレビが、私の中で必要なくなってきているのかもしれません。

なんてことを、考えさせてくれた出張となりました。

秋の夜長にいろいろと考えにふけってみるのもいいものですね。

最後までお付き合いいただき有難うございます。

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