お金があるから幸せ?価値観は年齢と共に変わるのか

投資
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お金持ちの家に生まれたかったなぁ~。なんて夢見ていた中学生頃がなつかしい。高校生になると、将来の仕事だったりどうやって生活費を稼いでいくのかを真剣に悩んでいました。

なんとなく大学に進学したものの、バイトで貯めた数万円で旅行したりオシャレな服を買うたびに、もっとお金があればなぁ~。本当に欲しいものや体験ではなく、値段をみて決断している自分が情けなく思えたものです。

社会人として会社勤めを始めるようになっても、もっといいお給料だったらテレビドラマに出て来るような高級レストランでディナーを楽んだりできたのになぁ。と会社帰りに他人をうらやんでみたりしたものです。

会社でそれなりの立場になってくると、今度は忙しくて休日返上で残業なんて日が続いたりしたものです。ふとした瞬間に、何やってるんだろう、今のこの瞬間にも世界には優雅にビーチでのんびりしている人が大勢いるというのに。働けど働けど我が暮らし楽にならざり・・。と、ため息をつくこともありました。

一攫千金を夢見てギャンブルにハマってしまい、大損をこいて、でも中毒症状に近くてなかなかやめられない。そんな葛藤も、手持ち資金が底をつくというバッドエンドでようやく現実に引き戻されて目が覚めました。

お金さえあれば・・・。って考えて悩んで思い詰めてみたところで増えないってことに気付いたのは、30代半ばになった頃です。何もせずにお金持ちをうらやんでみても仕方がない。どうやったらお金持ちになれるのかを考えることが大事なんだと気づき、投資というもの勉強し始めたのです。

勉強といっても、その頃はYouTube動画にアップされた沢上篤人さんの講演だったり、モーニングスターの基調講演だったり、投資アドバイザーのかんちゅんどさんの動画をみて、なんとなく投資が分かったような気になっていただけかもしれません。サラリーマンという立場で毎月振り込まれるお給料の一部を株式投資に回し始めたのは、こうした動画の中で述べられている長期投資という考えがしっくりと腑に落ちたためでもあります。

投資を始めて最初の頃は、利益が出た!損失が出てしまった!(長期投資はバイ&ホールドが鉄則ですので、正確には含み益が出た!含み損に転落した!というのでしょうが。)と、一喜一憂の日々でした。景気の循環というものを経験するうちに、損をしても慌てることも減ってきて、そのうち戻るでしょ、なんならもう少し下がったところで買い増そうかな、なんて考えるほど落ち着いて投資を続けられるようになってきました。

で、なんでこんな自叙伝を書き連ねているかといえば、ここ最近の世界株高でそわそわしているからなんです。含み益が膨らんで、私の鼻が膨らんで、鼻息荒くなってしまっています。そう、そんな自分を落ち着かせるためかもしれません。(落ち着いて投資できてないじゃないか!昔と変わってないじゃないか!)

結果分かったこととして、「お金で苦労した人間はお金の有難みが身に染みているので、幸せの価値基準をお金に置きがち」ってことですかね。私の場合は。要は、年齢を重ねたところで少年時代に夢見たお金持ちには程遠い現実から逃避したいという点で変わっていません。分かりやすくいえば、昔も今もお金持ちになりたいって気持ちを持ち続けているってことです。FIRE(経済的に自立して早期リタイアするよっていう若者に流行のスタイル)に向けて準備している感もあるかもしれません。

では、なんでお金が欲しいと思うのか。真面目に考えてみたんですけど、最終的には「自由が欲しいから」って考えに行き着きました。「お金があることで生き方の選択肢が増える」ということです。だからまだまだお金に執着しそうです。年齢を重ねてもお金が欲しいって気持ちは変わらないですね。

最後までお付き合いいただき有難うございます。

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