結局僕らはお金に支配されている

放談

時代が「令和」に変わっても、世の中の潮目が変わることはないし今の生活が向上することもないだろう。

日々節約して生きているのも、コツコツとインデックス投資してるのも、老後の医療費や年金制度への不安からであって、本当はもっと贅沢したいし、楽して暮らしたいというのが本音だ。

サラリーマンをやっていると、周りと同じような考えに染まっていく自分に居心地の良さを感じてしまい、向上心が欠落していく危機感がある。

刺激が欲しい!もっと刺激的な日々を過ごしたい!なんて欲望が、朝の満員電車で通勤している最中に沸き上がってくる。でも、夕方になるといつもの安い居酒屋で同僚と愚痴を並べてストレス発散されたか、朝の刺激を求める欲望が静まっていて何も行動を起こさない自分がいる。

そろそろそんな生活にピリオドを打ちたい。行動しないことがリスクになるって信じているから、どうしようもなく焦ってしまう。何をしたらいいのか分からないけど、このままじゃいけない。行動しなきゃ何も始まらない。

衝動的に行動を起こせるほど若くはない自分がいる。今後の人生設計、やりたい事を綿密に計画してみる。サラリーマンをやっていてよかったことは、何か行動しなければいけないと衝動的な焦りに襲われながら計画を立てている時でも、定期的な収入をもたらしてくれることかもしれない。一種の保険としてサラリーマンをしているといってもいい。

いつまでもぐずぐずしていては、人生が終わってしまう。そろそろ動かないと、間に合わない。未知の世界ですぐに成功できるとは思わないし、そんなに世の中を舐めてもいない。厳しい世界に飛び込む覚悟はできている。

失敗が伴うリスクのある行動をするとき、最悪のことを想定していくことも大切だ。だから生活費や借金のことを綿密にシュミレーションする。すると、現実の厳しさに対する不安が増してくる。お金が尽きたらどうなるだろう。後悔はないだろうかと。

お金は準備してきたじゃないか。さあ飛び出そう!でも。。本当に大丈夫なのか?本当に後悔しないか?計画は十分なのか?練りなおした方がよくないか?と、またしても弱い自分の声に押し戻されてしまう。

踏みとどまらせるのはいつもお金の不安だ。やりたい事がないわけじゃない。挑戦してみたい事がないわけじゃない。なのに金銭的な制約が足かせとなって、一歩目が踏み出せない。ぐずぐずしているうちに、社会制度への不備や周囲の考え方に対する不満が湧いてきて、言い訳に逃げてしまう。

いつもそうだ。結局は踏み出せない。あと一歩が踏み出せない。年齢のこともあるから、そろそろラストチャンスなのに。結局僕らはお金に支配されているんだ。お金がないと発想や行動にまで制約がかけられてしまう。

世の中に不満を言ったところですぐには変わらないし、変える立場にいない。だったら自分の中の価値観と優先事項を変えるしかない。金銭的な制約を外して考えるならば、犠牲にするものが生まれてくることを受け入れるしかない。

すべてを納得がいくように進めるには、お金が必要だ。今のお金じゃ全然足りない。結局僕らはお金に支配されているんだ。失敗できないラストチャンスであれば、なおのことお金が必要だ。

サラリーマンをいつまで続けるのか。いつまで定期的な収入に頼る生活を続けるのか。いつまでやりたい事を我慢して、魂を売った行動をとりつづけるのか。

もはや自分にも分からない。行動を起こすのは自分だ。チャンスをつかみ取れ。お金の不安は常につきまとうし、お金はいくらあっても不安がなくなることはないだろう。だから最後は気持ちと思い切りだ。飛び込んでしまえばいい。

人生はなんとかなるもんだ。お金さえあればね。

 

最後までお付き合いいただき有難うございます。

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