リベラルアーツを身につけると、生きるのが楽になるらしい

放談

数年前からリベラルアーツなる言葉がもてはやされています。

大学は、こぞって国際教養学部なるものを設立してみたり。

小学校でも世界史と日本史を同時並行で学ぶよう方針転換してみたり。

要は、ひとつの正解を求めるための教育ではなくて、多様性を理解することに重きを置く教育に移り変わってきたということでしょうか。

確かに、国際化社会におけるリーダーが偏見にみちていたら嫌ですものね。

(どこかの国のリーダーみたいに。。あ、すみません話がそれました。)

会社もダイバーシティーを取り入れないとこれからは生き残れないってことで、急速にリベラルアーツを身に着けた人材にスポットを当てて人材獲得競争を繰り広げていきそうです。

(横文字ばかりですみません。格好つけている訳ではないんです。恥ずかしながら、リベラルアーツなんて言葉は、聞いたことはありましたが、最近ようやく意味を理解したところです。)

リベラルアーツを身に着けると、何がいいのでしょうか。

自分で考えられるようになること?

課題に直面した時に広くて高い視点から解決策を見つけ出すことができること?

仲間や取引先と親密なコミュニケーションを図れること?

etc・・・。

結局はそれらのすべてです。

教養が深いと、さまざまなメリットがあることは間違いないようです。

リベラルアーツはもともと生きる術を身に着ける学問のようですから、身に着けて置くと自由に生きられるようになるとのこと。

最近疲れ気味な私にとって、この事は非常に重要なことでした。

資格試験に挑戦したり、経済関連の週刊誌を乱読してみたり、ネットサーフィンしてみたり、ともすれば何の関連もない情報を身に着けて、生産性を生まない自分に嫌気が差してきつつあったからです。

人生のムダなんじゃなかろうか、もっと最短距離で走った方がよいのではないだろうかと、迷っていた時期でもありました。

そんな時に出会ったのがリベラルアーツの考え方です。

要するに、人生に無駄な事はないってこと。

常に何かに興味を持って知識を得ていれば、そのうちに断片的な知識がつながることがあるということ。

常に何かに興味を持って突き進んでいけば、課題にぶち当たっても応用が利くようになるということ。

ムダと捉えるか、教養と捉えるか。

要するに、多くのムダを持っていた方が、他者を受け入れる度量も身につきますし、人間関係もスムーズにいくってことなんです。要するに、人生が豊かになるってことなんです。

仕事で悩んでいたりすることがあっても、リベラルアーツを身に着けていれば、仕事なんてどうでもいいことを理解できますし、力が抜けてかえっていい結果を生み出すことも期待できるようになります。

すごいでしょ、リベラルアーツって。

こんなにも素晴らしいリベラルアーツ。

もう一回大学で勉強してみたいなぁと、真剣に悩んでみたりしました。(悩んだのは数日だけですけど。)

人生をかけて身に着けたいリベラルアーツ。

知った言葉を連呼してみたところで何も変わりませんね。

そこで、まず手始めに、日本を含めた世界史あたりから勉強してみようと心に誓うのでした。

最後までお付き合いいただき有難うございます。

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