徘徊老人が救急車でご帰宅。日本の良さを継続するのに必要なこと。

放談

運動不足解消に夜のウォーキングをしてきました。1時間40分歩いたので歩き疲れましたが、爽快感はひとしおです。

さて、そんなウォーキングの途中、停車中の救急車を見かけたのです。

しばらく様子を見ていると、後部ドアが開いて、救急隊員が3人でベットを降ろしていくのですが、そのベッドには元気そうなご老人が座っていたのです。

「何号室でした?」「1階なのは間違いない?」

隊員たちの声が聞こえてきます。

ご老人を乗せたキャスター付きのベッドを転がしながら、隊員さん達が周辺をウロウロし始めます。

ご老人は他人事みたいにベッドに座ったまま何か答えている様子でした。(ちょっと距離があったので会話は聞き取れませんでしたが。)

3人の隊員さんたちはウロウロしながらようやくご老人の自宅を見つけて、送り届けたようでした。かれこれ20分以上は停車していたところを見ると、意思疎通に相当苦労されたんだと察します。

しばらくして、3人の隊員が全員救急車に戻った後、停めていた救急車を発進させて次の現場へ向かっていったのでした。

私はその一部始終を小高い土手にあるランニングコースから見ていたので、「よくやったぞ!お疲れ様でした!」と救急隊員たちに心の中で労いの言葉を掛けて見送りました。

ここからは少し推測も入りますけど、おそらくご老人は1人で遠出したものの、家に帰れなくなってしまったのではないかと。

その後、心配した身内か、心配した通りすがりの人がご老人を見かけて、救急要請したのだと思われます。

事情はどうあれ、結果として救急車で自宅まで送り届けて貰って、事なきを得たという意味では、素晴らしい社会インフラだと思います。

やれ税金の無駄使いだの、老害だの、いろんな意見はおありでしょうが、今回のように親切で真面目で熱心な行動をとった消防隊員の3名に賞賛を送りたいと思いました。

私、普段は海外移住にあこがれていまして、愛国心の薄い部類に属しているんでしょうけど、今回ばかりは、「なんていい国に生まれたんだろう」と胸が熱くなりましたよ。ホントに。

やっぱりね、無償の愛情っていいもんですよ。

困っている人がいたら助けるのが当たり前。

困っている人に付け込んでやろうだとか、もっと困らせてやろうだとか、関係ないフリをして無関心を装ったりする世の中は、なんか寂しいですもんね。

無償の愛情を育むには、自分の現在の生活が最低限満たされていて、自分の将来がある程度保障されていることが大切なのかなぁ。

最近の若い人達は他人に無関心な傾向が強くなってきている気がしているんです。ぼやきが似合うおじさんになったのかもしれませんけどね。

個人主義を強め、自己主張のできる、国際競争力の高い人材が優秀ってのも分かるんですがね。アメリカみたいな格差社会を礼賛しているのでしょうか。なんか違うんだよな~。

このブログではなんども提唱していることなんですけど、やっぱり日本的な良さを残していく意味でもベーシックインカムは必要なんじゃないですかね。

勤勉で真面目で規律を守る人達がバカをみるようじゃ、世の中間違ってますよ。

もちろん、今回の救急隊員のような社会インフラは大切ですし、今後も維持してもらいたいです。でもそれだけじゃこの国は支えられないんです。今後の超高齢化社会で、あなたは、プライベートで無償の愛を困っている老人に注げますか?手を差し伸べられますか?ってことです。

要するに、あなたは現状に満足していますか?将来に希望を持てていますか?ってことなんです。

私が現状に満足できていないし、将来が不安だから、無償の愛情を注げないっていうのは言い訳なんですけどね。それでも「人にやさしくなれる自分でいたい」と願うから、社会に物申したくなるのです。

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